【教頭通信】働き甲斐のある学校・その③

【解説】平成31年1月11日記

障害のある子供たちへの理解も、昔とは比べ物にならないくらい進んできました。以前は、やはり間違った考え方や誤解も数多くあった気がします。私も大学でほんの少しですが学んでいたのにもかかわらず間違いや誤解をしていたこともあるのではないかと思います。

子供の事実を誠実にひたむきに追いかける。そうした教師としての基本はとても大切なものです。

※初出 平成14年 教頭通信

■前回の通信の1部分を指差し、校長先生が「教頭さん、ここなんだよね。とっても大切なのは」と言って指摘された言葉があります。それはどこかわかりますか。

 

■校長先生が指摘したのは、通信の最後の部分

 

具体的な目標を定め、勉強し(その中で同僚と切磋琢磨し)、子どもの事実を少しでも作り出したとき、教師としてのやりがい・生きがい・働き甲斐が生じることになるのでしょう。

 

の中の「子どもの事実」という所です。

そして言います。

 

子どもの事実があるから、腹から実感するんだよね。

 

■今学期、すみれ学級のYさんが、全校の前で手を挙げて感想を発表したことがありました。私の記憶では、私がこの学校に来てから初めての出来事だったと思います。子どもが発表するというのは、何気ない、それこそどこにでもありそうな学校生活の一こまです。しかし、ここに教育の成果を見ることができるのです。

 

■すみれ学級の懇談資料の中に、「ち」「つ」の発音がきれいになった、という文があります。普通の子どもたちなら、それこそ当たり前にできることで、さして気にもとめないでしょう。しかし、Yさんができたということ。これは「小さな進歩」ですが「偉大な一歩」です。たった二音をきれいに発音させるために、指導者である先生とYさんが作り出した「子どもの事実」なのです。

 

■懇談資料には、「○○学校からの結果をもとに」とあります。事実を正確に捉えること。そこからスタートしています。そして、的を絞った指導をしています。そして間違った発音をしたら、黒板に指導者にはどのように聞こえているのかを書き、正しい発音を指導しています。それも時間を置かず、すぐその場で指導しているのです。卓越した指導技術です。誰かに教わったかもしれない技術です。しかし今目の前にいる子どもに、こうしてあげたいという教師の願いがあったからこそ、有効に機能したのだと思います。こうした地味にも見える指導の蓄積が、子どもに自信を生み、子どもの事実を作り出していきます。

 

■交流学級では、発表の回数が増えます。発表するためには、その学級の雰囲気、交流学級の指導者の適切な授業の組み立て、そしてもちろん本人の頑張りと自信が必要となります。それらがきちんとあったから、Yさんの発表が増えていくのです。そうした日々の指導があったからこそ、全校の前での自主的な発言となっていたのだろうと思います。

 

■子どもの小さな、それこそちょっと進歩は、担任しかわかりません。誰にも言わなければ、誰も見向きもせず、日々の時の流れの中でいつしか忘れ去られていく運命にあるものです。しかし、誰も分かってくれなくても、本人が分かっています。「子どもの事実」そしてそこから生まれた「腹の底からの実感」その二つが教師の人生を支えていく源となるのです。

 

■以前にも書きました。おおわし学級のТ君の伸びがすばらしいということ。特学の研究授業といえば、「生活単元」。私はこの流れに疑問を持っていました。「何故、生活単元をやるのか。」「何故、普通の教科を研究授業でしないのか」「何故、特学では教科書を使って学習しないのか」等、疑問に思うことばかりでした。普通の教科で教科書を使って学習したらどうなるのかということを誰も知らないのです。はなから特学の子に対して教科書を使ってやることは無意味だと考えているのではないかと思ってしまうのです。

 

■このような疑問を私は、おおわし学級の担任に率直にぶつけました。担任も納得したのか、その後着実に毎日の実践を積み上げ、奇跡のような事実を作り出しました。担任とТ君の努力に頭が下がります。

 

■何故、このようなことが可能であったのか。それは「普通の教育」を系統立ててきちんと実践したということ。また、自閉症の特徴は、「質的な障害」とも言われているように、「質的な充実」がなければならず、読み・書き・算以外の部分でも、交流学級の中での学習や体験等が適切に行われていたのだろう。等ということを推測するのです。担任の心の中では、特殊教育に関して、きっと「子どもの事実」から実感を伴ったやりがいを感じているのではないかと思います。

 

■「子どもの事実」を創り出すためにはどうしたらいいでしょうか。そのヒントが校長先生の文章です。

 

授業実践(授業で子どもを変える)に基づき、お互いに情報交流をしながら指導技術を高めていく。お互いの考え方の違いに学び合う職場作りに努める。

 

■私が校長先生の文から読み取るキーワードは「授業」「指導技術」そして「違い」です。「授業」や「指導技術」が同じようであっても、そこには教師の個性が反映されます。授業の基本、指導技術の基本を押さえた上で、お互いに向上し合うことが必要です。そのキーワードが「違い」です。常にナンバーワンを目指す人は、違いを認めようとしません。オンリーワンを目指す人は、人と違って当たり前だと考えます。当然、オンリーワンでの生き方が必要ですね。オンリーワンで生きるためには、職業人として自立することです。自立するための道のりは、決して平坦なものではありません。

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