【教頭通信】地味な仕事だけど、とっても大切なこと。

【解説】平成30年12月3日記

誰も見ていなくても、本人だけはわかるのです。この感覚はとても大切なものです。仕事とは、手を抜こうとすると抜けるものです。しかし、その手を抜いたことにある種の後悔や罪悪感を感じる心。それが人を前向きに成長させていくことになります。教師の仕事は「子ども相手」です。だからこそ、自分の心に嘘をつく、ごまかすような仕事はしたくないものです。子どもに誠実であるというのはそういうことです。

※初出 平成17年 教頭通信

◆ロング参観日がありました。先生方の取り組みがすばらしかったと思います。ロング参観日の中で、歌声集会がありました。子どもたちが集中し、一生懸命歌っている姿に驚きました。やはりこれは小林先生をはじめとする歌声集会委員会の方々の取り組みのおかげだと思います。また、指導に当たっての先生方の生き生きした姿が、子どもたちの生き生きした姿を引き出したのではと思っています。

◆読み聞かせの会「まつぼっくり」と連携した取り組みは、なかなかのヒットだと思います。また、プロジェクターを活用した効果的な読み聞かせも、大変子どもたちの心に迫るものとなっていました。私の写真の腕では、子どもたちの生き生きした姿を捉えられませんでしたが、私の目にはしっかりと焼き付かせていただきました。

 

◆校長先生も今回の取り組みについて、歌声集会の最後に子どもたちを褒めてくださいました。そうした子どもを認め、褒めていくということを積極的に私もしていきたいものだなと思いました。

 

◆ロング参観日において、私がすばらしかったと思っていることは、実はこの歌声集会だけではないのです。授業公開のとき、全学級を巡回して歩きます。今回、その折に感じたことは、ちょっとした参観者への配慮が随分行き届いているなということです。ある教室では、参観者に配布するプリントの机の上に、お花が飾ってありました。花屋さんで売っているお花ではなく、野に咲いているようなお花です。たった一輪です。その一輪のお花に担任教師の心意気と気配りを感じました。

 

◆お花を飾るとき、人はどんな気持ちで飾るでしょうか。お花を摘みに行く。沢山咲いているお花から一本だけ選ぶ。その花を摘むとき、命ある花に対して申し訳ない気持ちとそのお花を見てくれるかもしれない人たちのことを心の中で想像しながら、そっと摘み取ります。そして、教室に持ってきて、その花が生き生きと輝くような花瓶を選び、水を入れます。そして、その花が目立つように、しかしでしゃばり過ぎないように、飾ります。

 

◆飾られたお花を見て、素敵だな、と思う人もいれば、何も感じず通り過ぎてしまう人もいます。誰かに、褒められたり認められたりすることも期待せず、ただただ参観日のプリントを取るたったその瞬間、心が潤ってくれればいいことを期待してお花を飾ったのだと思います。

 

◆教師の仕事とは、普通にやっていれば、きっとそんな地味な、誰からも認められないような仕事なのかもしれません。しかし、そのちょっとした担任教師の配慮、気配りは誰からも認められることもなく、過ぎてしまうかもしれませんが、たった一人だけは知っています。それはその配慮、気配りをした本人自身です。教師本人だけが知っているささやかな努力にいかに精力をかけれるのか、それがすぐれた教育者への第一歩なのかもしれません。

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