【教頭通信】子どものおばあちゃんの投書から参観日のあり方を考えてみました。

【解説】平成30年10月29日記

年度初めの授業参観日はやはり気を使います。今回紹介するのは、新聞に掲載された記事から参観日の授業のあり方について職員に考えてもらおうとしたものです。

新聞に投稿したのは、私が勤務していた小学校に通う子のおばあちゃんです。おばあちゃんは孫の授業を参観され、感激しました。その感激したことを3つの観点で文章にしていました。大変的を射た内容で、職員にも参考にしてほしいという思いで教頭通信にまとめたのです。

※初出 平成17年 教頭通信

◆保護者は、どんな所を参観日で見ていくのでしょうか。その参考となるのが、先日北海道新聞に掲載された斎藤(仮名)さんの投書です。斎藤さんは、2年1組の高橋(仮名)さんのおばあちゃんです。当然、斎藤さんは「教育のプロ」ではありません。プロではありませんから、私たち教師から見たら、もしかしたら見当違いのことがあるかもしれません。しかし、斎藤さんの書かれた投書を読むと、私たち教師にとっても大変参考となることが書かれてあります。

 

◆斎藤さんが書かれた第一のポイント。それはやはり授業です。それもきちんと分析されています。「答えに至までの計算式を丁寧に教え」と、まずあります。教え方が雑ではなかったということです。当然、丁寧に教えすぎることが、反対に子供たちの意欲を奪ってしまうということもあります。適度なテンポとリズムが必要なのは言うまでもありません。その上で、「後半、テストをして理解度を確認する」このことは、教師からすると当たり前のことかもしれませんが、きちんと一人ひとりの子が、できるようになったかを先生が確認してくれているという姿勢に、斎藤さんは感動しているわけです。

 

◆そしてそれが、次の文へとつながります。「もう一人の担任の先生は、児童の間を回りながら個人指導に当たる」やはりここでも教師の「一人も落ちこぼさないぞ」という意図を斎藤さんは読み取ってくれるわけです。それが、二人の教師の指導のあり方に感動し、「それぞれきめこまかな授業ぶりだった」という表現になるわけです。

 

◆次に、斎藤さんは教室の施設・設備に目が行きます。「黒板」と「教壇」です。それらの施設・設備が子供たちにとって、有効なものかどうかを考えるわけです。斎藤さんは、中央小の施設・設備が子供たちのことを考えられているなと思います。

 

◆そして最後に「廊下や教室には、絵画や粘土細工などの作品が並び展覧会のよう」と書いています。子供たち一人ひとりの作品が大切にされていると感心するわけです。

 

◆以上の結果として、斎藤さんは「豊かな教育の場を見せていただき、大きな収穫を得た思いだった」と結びます。斎藤さんが「豊かな教育の場」と表現しているのは、結局次の三点です。

 

1 一人ひとりが大切にされる授業

2 子供のことを考慮した施設・設備

3 一人ひとりの子供が大切にされる作品展示

 

◆斎藤さんのこの指摘は、今後の参観日に向けて、担任として、学校としてどのように取り組んでいったらいいのかの参考となるものです。

◆担任教師は、まず一人ひとりの子供が大切にされる授業づくりをしましょう。子供一人ひとりが出番があるように。一人ひとりが活躍するように。そのためには、変化がある授業をしましょう。例えば、ずっと音読ばかりの授業は論外です。なぜなら、音読の得意な子だけが活躍するからです。音読が不得意な子でも、話すことは得意かもしれません。だとしたら、音読ばかりをずっとせず、授業の途中に話す活動も取り入れる。そのような配慮で1時間の授業の中で活躍する子が増えるのです。

◆そのように考えてみると、1年間同じような授業ではいつも活躍してしまう子はある程度決まってしまいますね。参観日の授業は、さまざまな教科に取り組みましょう。保護者は、自分の子が学校において大切にされていることを見たいのです。安心したいのです。担任教師は、教室掲示や廊下掲示に気を配りましょう。前回の参観日と同じものが飾られていないでしょうか。子どもの絵画の作品が破れていたり、ぞんざいに扱われていないでしょうか。

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