【校長会誌】学び続ける学校 ~先達の優れた実践家に学ぶ~

【解説】平成31年4月4日(木)記

優れた学校経営をされる方の実践には、共通したものがある。そこをどう見つけ出し、自分のものとしていくのかがとても大事だ。安易に「問題提起」ばかりを追っても、なかなかうまくいかないものだ。

優れた校長先生方に共通したこと、それは形式を嫌っていること、自分の頭で考え、今まで当たり前だと思っていることでさえ子どもの事実から発想し否定すること等、いくつもある。

戦後教育界の巨人斎藤喜博とは、まさしくそういう教育者であった。

※初出 平成23年 管内校長会誌

学校づくりの優れた先達のお一人、斎藤喜博は『学校づくりの記』で次のようにいう。
◆私は教室をできるだけ見せてもらうことにした。子どもが学習しているところもみたし、子どものいない教室も、ひまさえあれば入って行ってみた。校長会の時、ある中学校長は「私が廻って行くと、喧嘩している者もやめるし、みんなきちんとする」と得意そうに言っていたが、私は監督者としてではなく、全体を通してみられる立場から、学校全体の問題点を探し出し、問題をみんなの前に提出しよう、先生たちや子どもたちのよいところを見つけ出し、これもみんなの前に持ちだして一緒に勉強しよう、そんなふうに考えて教室に行った。そして、私の見た感想を毎日先生たちにこまかく話した。               ◆
斎藤喜博は形式を嫌った。斎藤喜博は教室を廻ることで、「学校全体の問題点」を探し出し、職員全体の前に提出する。そこには形式はない。教室という現実に向かい合おうとする姿勢があるだけだ。斎藤喜博は、学校全体の問題点を指摘するとともに「先生たちや子どもたちのよいところ」を見つけ出す。そして、職員全体の前に出し勉強しあう。子どもの事実、職員の事実をしっかりと見、子どもの変化、職員の変化に敏感でなければ、良さを見つけ出すことはできない。斎藤喜博という校長はそれをしていたのである。

斎藤喜博が実践した時代は、今から60年ほど前の戦後の民主主義教育を確立しようとしていた時代である。その実践と教育観は色褪せてはいない。新米校長の私にとって、いまだ学ぶべきことは多い。

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