【教頭通信】授業改善のポイント(授業記録の書き方)
【解説】令和4年12月5日記
教師の指導の基本となるのは、「言葉」です。
この「言葉」をいかに適切・効果的にするかによって、教育の様相は違ってきます。
私たちが日常生活を送る上でも、この言葉の使い方で相手に誤解や間違った考えや思いを伝えてしまうということがあるかと思います。
誤解を与える言い方であったかどうかというのは、自分が発した時にはわからないものです。
指摘されたり、振り返ったりすることで「もしかしたら、私の言葉は誤解を与えていたのかもしれない」ということがあるものです。
授業を改善していく上で、この「言葉」を注意深く、特に子供との関係の中で振り返ってみることはとても大切なことです。
この言葉を書きとる作業は、とても手間のかかる地味なものですが、今でも必要なのではないかと私は考えています。
※初出 平成12年8月29日
◆私の教師生活は、別海中央小が最初である。
この学校は、教育研究に力を入れ、毎年のように研究会を行っていた。
私が入ったときは、視聴覚教育の研究、その後到達度評価の研究を行っていた。
当然、一人一人の教師は毎年研究授業を最低でも一回は公開しなければならなかった。
一人の教師が授業研究を行うときには、事前研で指導案を検討しあい、事後研で研究協議を行うことは当然だった。
また、授業記録をとり、研究協議の記録も担当者を決めこまめにとっていた。
要するに、一本の授業をやるのに、「事前研」「本番」「事後研」というサイクルがあり、それらが記録もしくは指導案という文書で進めていくというのが常だったのである。
そして、年度の最後には1冊の研究紀要としてまとめられたのである。
ともかく、 「書く」ということは,研究を進めていく上では必須のことであった。
◆私が中央小で最初に授業記録の担当になったときのことである。
授業記録をどのようにとるか。
大きく言うと二つのことを記録していく。
「教師の働きかけ」と「児童の反応」の二つである。
両方を二つとも書くというのは、なかなか大変なことだったので、「教師の働きかけ」だけを書く人と、「児童の反応」だけを書く人に分かれて記録していっていた。
それを授業が終了してから突き合わせ、1枚の記録へとしていくのである。
もちろん、突き合わせるとき、どことどこが対応しているのかがわからなくなると困るので、ところどころに時間を記入したりしていた。
◆「教師の働きかけ」を書くというのは、要するに「教師の言葉」を忠実に書いていくというのが主たることであった。
もちろん、ところどころで机間巡視があったり、表情が変化したり、個別指導したりしたことを書くことを行っていたが中心となることは教師の子どもへ向けた言葉であった。
今から2 0年前,要するにだいぶ前から、そのことは授業記録のとり方としての基本であった。
私が教育実習を行ったのは、千葉大学付属小学校である。
教育実習に入ってすぐには授業することは無い。
やることは、授業記録をとることから始まった。
そのときのスタイルは、「時間」「教師の働きかけ」「子どもの反応」をそれぞれ記録していくものであった。
そのことを考えると、結局その記録方法というのは、その当時の基本的なスタイルであったと思う。
◆別海中央小も、その授業記録をベースとしながら、そのときの研究にあわせていくつかの記録方法を追加していく。
例えば、個に焦点を当てようということで、「抽出児童の記録」をとる係を決めた。
教師の働きかけや周りの児童の動きで、その抽出児の反応がどうなっていっているのかを研究するのである。
また、板書の記録も残しておこうとした。
授業の途中途中では記録できないので、授業の最終場面での板書がどうなっているのかを記録しておこうとしたのである。
◆このようにして別海中央小では、基本となる授業記録、抽出児童の記録、板書の記録の3点に取り組んでいた。
その後、テープやビデオテープが追加されていった。
ともかく、授業記録の基本となることは,「教師の働きかけ」と「子どもの反応」を忠実に記録していくことであったのである。
◆ただし、この記録を活用することはなかなか難しかった。
授業後の研究協議では、ほとんど記録を無視した発言が大勢を占め、授業記録に沿った話し合いがなかなかうまく行かなかったのである。
今から思えば、授業記録に沿った話ができるためには、参加する教師一人一人がそれなりに自覚し、意図的に授業記録を活用しようとしなければできないことだったのではないかと思うのである。