【PTA文集】新米教頭、朝の動き「何に気を配っていたのか」

【解説】平成30年9月28日記

教頭時代の動きをどのように作るのかというのは、案外大切なものです。教頭は管理職ですから、ある程度自分で判断し自分で行動していくことが求められます。例えば、朝は何時に出勤するのか。学校施設の安全を確認し、その日1日、子どもも職員も何事もなく学校生活を送れるようにすること。他の職員の動きも考えながら、何時に出勤したらいいのか。一つ一つの動きに合理性を持たせるように考えていました。無駄な動きをできるだけしないようにと心がけていたのです。

※初出 平成12年 PTA文集

朝、6時に起きる。カーテンを開け、天気を確認する。天気は、その日一日の教育活動や子供の動かし方などに影響を与える。荒天のときなどは、4時ごろから目が覚める。臨時休校や児童の登校を遅らせる措置をとるのかその情報を収集しなければならないのである

七時二十分過ぎに家を出る。学校まで五十メートルである。グランドを横切っていく。右手には海を挟んでクナシリ島が見える。左手は崖である。その崖をいつも見て出勤する。崖に異常がないかを確認しているのである。

朝、学校の建物全体の様子を観察しながら、玄関に入る。靴やスリッパの状態を確認。

私が学校内で履いている上履きは、白いズックである。革靴は、履くつもりはない。常にすばやく動けるようにという考えで、そうしている。その割には、素早い動きが極端に減っている。そのせいかまた太った。

朝、職員室に入るとき、私は「おはようございます」と言って入る。職員室には、ほとんどの場合公務補さんしかいない。担任時代から、そうであったように教頭になっても「おはようございます」で職員室に入る。誰に対しても、「おはようございます」である。言葉の使い方としては間違っているのかもしれない。そうであったとしても、やはり私は「おはようございます」である。「おはようございます」と言う瞬間に私は教師としての自分を自覚するのである。

そのことを他の人から見たらうそ臭いと思うかもしれない。しかし、私の心の中には職員室の戸を開ける瞬間に、しかも「おはようございます」と声を出すときに、教師を自覚するというのは本当なのである。それは私の担任時代のこだわりが「おはようございます」という言葉の中にはあるからである。子供に向かって教師が挨拶をするときは、普通「おはよう」だろう。しかし私はあえて「おはようございます」と言って教室に入っていった。

朝の挨拶をして職員室に入る。職員室に入るとき、公務補さんと応接セットが目に飛び込んでくる。公務補さんには挨拶をし、応接セットのテーブルの上の状態がどうなっているかをチェックする。乱れていなければ、そのまま教頭の席まで行く。教頭の席は職員室の行事黒板の前。職員室の真中に位置する。
仕事をしている最中は、机の上は書類等で乱雑になっているが、朝と帰りはいつも整理整頓を心がけている。当たり前といえば当たり前のことであるが、担任時代はあまり気にしなかったのだが、教頭になったらずいぶん気をつけるようになった。朝一番と帰りには、机の上に何もないという状態が理想である。

これが教頭としての私の朝の様子である。新米教頭、今だ勉強中である。

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