【校長通信】自分の教育観・子ども観を磨く その1 ※すぐれた教育者 東井義雄先生
【解説】令和6年4月11日記
教師は、自分の力だけで教師になるのではありません。
さまざまな人から影響を受けながら教師になっていきます。
「さまざまな人」とは、身近な人もいますが、そればかりではなく、先達のすぐれた方から影響を受けていくこともあります。
一人前の教師となるためには、この「さまざまな人」から学ぶという姿勢が必要です。
※初出 平成22年9月24日
◆東井義雄氏は、間違いなく日本の教育界に燦然と輝く、偉大な教育者のお一人である。その先生の実話に次のようなことがある。
◆とある学校でクラス対抗リレーがあった。あるクラスで3人まで決まったが、あと1人が決まらなかった。その時に「あいつがいいや」とみんなが言い出して決めたのが、A君という身体不自由の生徒。なぜかといえば、変な格好で泳ぐのを見てみんなで笑ってやろうという、そういうことだった。非常にその学校は荒れていた。さて、そのクラス対抗リレーの当日、三人が泳いで、最後にA君が飛び込んで泳いだ。皆が笑った。ブザマな格好で泳いでいるA君を見て、皆が笑った。その時に、背広を着たまんま、プールに飛び込んで、そのA君の横について、「しっかりしろ、もう少しだ、がんばれ」というふうに励まし続けた人がいた。それが東井義雄校長だった。その生徒がゴールにたどり着いた時には、今まであざけっていた人が粛然として、誰一人声を出すものがいなかった。
◆東井義雄先生の詩に次のがある。
「川は岸のために 流れているのではない」
川は
岸のために流れているのではない
川のために 岸ができているのである
わかり切ったことである
それだのに
教師の考え
学校の方針にあわない子どもを
「悪い子」「問題の子」「困った子」として
切り捨ててしまう風潮が横行しているのはどういうことか
子どものために「教師」があるのである
子どものために「学校」があるのである
「できない子」のための岸になろう
「困った子」のための岸になろう
そして
ともどもに
「心理」「真実」の海を目指そう
そういう教師になろう
そういう学校を創ろう
川は岸のために流れているのではないのだから
◆昔、東井先生が作られた詩だが、教育の本質は何も変わってはいない。今一度、自分の足元を見つめ直すことの大切さを思う。
◆時折、昔読んだ本をめくっては、自分の教師としての原点を確認する。東井義雄先生の実践は、かつて私が影響を受けたお一人。今読んでも新鮮。