【原稿】教師の指導力向上―TOSSの活動の中に秘訣が隠されている
教師の指導力向上のためのキーワードは、次の三点である。
一 イメージ
二 再現
三 緊張感
この三点を研修システムの中に組み込むことで、教師の指導力を向上させることができる。以下で詳しく述べる。
イメージ
サークルの中で上達する教師ともう一歩の教師が存在する。同じようにレポートを書いたり、それなりに例会にも参加したりする。しかし、なかなか自分の壁を破れない。そうしているうちに、サークルへの興味も薄れ、自然と足が遠のいていく。何が原因なのか。
自分の壁を破っていく教師には、共通した行動がある。それは全国各地で開催されるセミナーや学習会に積極的に参加しているということである。
何故、そのことが教師の上達に結びつくのか。刺激を受けるということもあるだろう。しかし、一番のポイントは優れた実践、優れた授業を目の当たりにすることができるということである。
優れた実践、優れた授業をライブで体験することで、自分の目標とする実践や授業をイメージすることができる。
優れた授業のイメージを持っていなければ、優れた実践や授業はできない。イメージなきところに教師の上達なし、である。イメージを持つということは、目標を持つことである。目標であるイメージがはっきりしているから努力ができる。
自分の壁を破っていく教師の共通した行動のもう一点は、情報を多量に仕入れているということである。例えば、本、雑誌等の購入が一ヶ月に二万円も三万円もかけ情報を仕入れる。例えば、ビデオやCDを購入し情報を仕入れる。
こうすることで、ライブの体験を補充し、深化させるができる。授業者の意図を予想できるようになる。その逆に本や雑誌で読んだりすることやビデオやCDで学んだことをライブを通して確認できる。ライブで新たな発見をすることができる。
こうして、イメージは明確なものとなっていく。イメージが明確になっていくということは、目標もまた強固になり、具体的な努力を引き出していくこととなる。
校内での研修を考えた場合、このイメージの持たせ方が弱い。すぐれた授業を行える教師は、ほとんどいない。下手な授業を何度見ても何度研究協議しても、イメージは確かなものとなって一人一人の教師におちてはいかない。
もし、校内に模範となるべき授業を示せる教師がいたら、その教師には授業を公開してもらうだけでなく、授業の途中でも介入してもらうとよい。それも効果がある。イメージの修正を図ることができるからである。
もし、校内に模範となるべき授業を示すことができる教師がいなければ、校外からすぐれた教師を招いたり、自ら出かけたりしていく研修を仕組むことである。
再現
再現するためには、授業が見えていなければならない。授業が見えるということ、それはすなわち教師としての力があることを意味する。
再現には二つの方法がある。一つは、文字通り自分がイメージした授業を一言一句変えることなく、自分がやってみること。もう一つは、授業者の意図まで含めて論文としてまとめてみることである。
サークルで模範となるべき授業ができる教師が五分間の模擬授業をする。終わるとすぐに未熟だと考えている教師にまったく同じようにさせてみる。
しかし、できない。未熟な教師はこれほどできないのか、と思う。一番最初に授業者が何をしたのか、何を言ったのかさえわからない。教師の行為をまったく自覚していない。自覚していないのだから、再現できるはずがない。
当然、文章にすることもできない。抽象的な感想文のような文章は書けても、発問・指示を授業の骨格とする論文は書けない。
再現することを通して教師の指導力は向上していく。
緊張感
緊張感のないところに、教師の指導力向上はない。足が震える、口が渇く、次に何を言っていいのかわからなくなり頭の中が白くなる、子供の予想外の発言や行動にパニックになる、そうした緊張感のある場面で授業をすると教師の力は伸びる。
教師の指導力向上のためには緊張感を作り出すことである。緊張感は何故生まれるか。それには評価が関係している。評価には見える評価もあれば見えない評価もある。
見える評価とは、授業が終了すれば審査員から必ず点数を付けられる。コメントがある。「よい」「悪い」を明確に言われ、改善すべき点などを明確に教えられる。
見えない評価とは、人様から認められたい、すばらしい教師だと思われたい、自分の満足いく授業をしたいといった授業者自身が感じる評価である。だから、多くの人前でやってみることや尊敬する教師に見てもらうということをやってみればよいのである。
※初出 平成15年 『授業研究別冊』(明治図書)
書きすぎたことを反省してしばらくコメントを控えていました。(笑)
テーマが興味深いので我慢できずにまたコメントします。
このテーマ「教師の指導力向上」は、珠算のトレーニングによく似ていますね。
昭和39年だったかな、高橋珠算塾(根室市・高橋尚美先生・故人)が商工会議所検定から全珠連検定へ切り替えました。商工会議所検定1級を半分の時間でやれて全珠連3段相当なのですが、それまで小学生で商工会議所1級取得者はいませんでした。1級所得者はそれまで高校生が2名のみでした。一人は高校3年生、現役で東大へ進学しています。二人目がそれから6年くらいでわたし。
全珠連の道内の集まりに先生に同行して、それから高橋珠算塾は商工会議所検定をやめて、指導体制を全珠連検定に切り換えました。1年ほどで、小学生で一人が4段へ翌年5段へ駆けあがったら、3人がそれに続きました。
それまで小学生で取得した順にAさん、Bさん、Cさんとします。
Aさんがトレーニングしている横で、BとCさんが練習していますから、毎日トレーニングの様子を見ているとどの程度の練習を積んだら合格できるのかはっきりイメージできます。そしてAさんの運指速度をコピーします。そしてやすやすとBさんとCさんが合格してしまいました。その後十段位もでています。道内で有数の珠算塾でした。
珠算のトレーニングは乗除算と加減算がそれぞれ10分単位です、暗算が2分ですから、時間を計測して「運算用意!はじめ!」の気合とともに計算します。そして…「やめ!」、気合の入った声です。集中していますから「やめ!」の気合でビクッとして算盤を離します。こうして10分間隔で緊張と集中力の最大化そして緊張緩和がなされます。
青坂さんのTOSSの授業研修のありさまを聞いて、珠算のトレーニングを思い出しました。スキルを磨くということでは、「イメージ⇒コピー(再現)」、そして緊張、まったく同じなのですね。
本気でトレーニングしない者は腕が上がらず脱落しますから、指導力に依存する部分が大きいですが、よい指導者に恵まれたとしても3段以上になれるのは5%未満です。
300ベッドクラスの病院の常務理事をしていた時に営繕部門に元大工の棟梁がいました。建物の修繕だけでなく溶接でも400㎏の金庫の移動でも、椅子の張替えでもなんでもできる人でした。あるとき、「冬なのに作業中に軍手をしないのはなぜですか?」と訊くと、「修行に入って、あるとき軍手をして仕事していたら、親方から「仕事と手とどっちが大事だ?」」と言われたそうです。それ以来、仕事中に軍手をしたことがないと言ってました。指先の感覚が違うんだそうです、それが仕事の良し悪しを決めると。鋸をつかっても鉋を使っても同じだと。「同時期に5人弟子入りして、残ったのは俺一人だけ」そう言ってました。
結局、珠算のトレーニングもTOSSの研修も、日本古来の徒弟制度の変形なのだろうと思います。親方のやる仕事を見て真似て技術を盗む、どうやれば同じにできるのかひたすら自分で考える、その果てに同じ仕事を再現できるようになり、そしていつの間にか親方を超えている。
そうしてみると、教員になっても、一人前の教員に成長できるのは、親方がいて仕事(授業)のお手本が見れて、技術を盗める人だけ。ひたすら修行をして飽くことのない人だけではないでしょうか。100人いたら、やはり5人程度です。
TOSSが広がらない理由でもあります。徒弟制度は教育システムであるだけでなく、適性のないものを落としていくフィルターでもあるからでしょう。それでいい、そうあるべきだと思っています。
1万時間の法則というのがあります。伊勢さんもご存じのように、けっこう有名な法則です。ところが現実は、1万時間練習や努力しなくても上達したり、逆に1万時間かけてもそこそこにしかならないという方がいます。その差は、いったいどこから生まれているのかということを書いた本があります。それによると、きちんとした指導者について、実践したことについて、きちんとフィードバックしてもらうこと。そのことで効率的に上達できるというわけです。私たちは、このことを経験則として知っていることですが、改めて「研究」という観点で証明されると、「やはりそうだよな」となります。全てのお稽古事は、優れた指導者が小さい頃からそばについて、練習の手助けをしてくれる。だから上達が早く、技も優れたものを身に付けるのです。残念ながら、教師の世界には、そうしたシステムがなかったのですが、それを取り入れたのがTOSSということになります。