【教頭通信】授業改善のポイント•その2
【解説】令和4年12月9日記
先日掲載した通信の続きです。
授業改善をどのようにしていくのか、その一つの考えるきっかけを職員に示したものです。
今読み返すと、機械的・形式的ではないかと思いますが、当時は、多くの子供たち、できれば「全員」に授業に参加させるためにはどうしたらいいのかを考えている時期でした。
今であれば、ICTを活用すれば、このような苦労はなくなります。
自主的発言を増やすというのは手段です。
目的ではありません。
ですから、教師は常に全員の意見を出させ、そのことでどのようなことを狙っているのかを意識していなければなりません。
※初出 平成12年9月3日(月)
■授業記録をどのように活用するか。
授業記録用紙の左には「教師の働きかけ」である「教師の言葉」が書かれる。
右には,「子どもの言葉」が書かれる。
これをどのように解釈していくのかということを私は若いときできなかった。
■若い頃,年配の男の先生が私に何気なく言った。
「青さん、この記録用紙見るだけで、その授業の良し悪しがわかるよな。それこそ、眺めただけでわかるよ」
私は,「エッ」と思った。
「どうしてですか。ただ眺めていてもわからないじゃないですか」
「そんなことないよ。ほら、この先生の授業記録を見ると、左側が右側より沢山書かれているじゃないか」
「多く書かれているとしたら、そこから何かがわかるんですか」
「左側、つまり教師の言葉が子供の言葉より沢山あるということは、教師が子どもより話しているということじゃないか。
少なくても、子どもが沢山発言できるような授業じゃないと話しにならないじゃないか」
それを聞いて私はなるほどと思った。
子どもの発言が教師の発言より多いほうが、子どもは授業に積極的に参加していることになる。
子ども同士の関わり合いが沢山生まれていることをあらわしている。
できるだけ、教師の発言を少なくすること、それが私の一つの目標になった。
■教師になってから、ずいぶん色々な研究団体の理論や実践に影響されてきた。
その一つに社会科初志の会というのがある。
戦後の社会科教育をリードしてきた団体である。
この初志の会という団体は知らなくても、「上田薰」という大学教授の名前はどこかで關いたことがあるのではないだろうか。
社会科教師にとって、初志の会の理論と実践は無視できないものとなっている。
全国的に有名な実践家も多く生まれている。
その初志の会の事務局長である校長先生が書いた本を読んでビックリしたことがある。
学校の研究推進に当たって、子どもの発言数にこだわって実践したのだという。
例えば、授業における子どもの自主的発言。
これを5 0パーセント以上にすることを当面の目標にする。
つまり、3 0名の子どもがいる学級であれば、教師が指名しなくても自主的に発言できる子が15名以上いるという学級づくり•授業づくりをするのである。
この段階がクリアーできれば「自主的発言7 0パーセント」である。
3 0名であれば21名以上の発言である。
このことをやってみようとすると、そんな簡単なことではないことに気が付く。
いくつもの課題が教師には生まれてくる。
教師が話せば話すほど子どもは引いていく。
発言しなくなる。
明確でない指示や発問をすれば、子どもは沈黙していく。
混乱する。
子ども同士の発言の絡み合いが無ければ50パーセントなんていかない。
■このことを本校の全校朝会で考えてみる。
司会の子が朝会の終わりに感想を求める。
そのときに手を上げる子は誰で、全校4 7名中何名が自主的に手を挙げるだろうか。
私の見たところ15名前後。
多くて2 0名である。
つまり、5 0パーセントをいかないのである。
それは何故なのか。
考えてみるに値する問題である。
全校朝会のあり方の問題なのか。
学級における発言指導の問題なのか。
子ども自身の抱える問題なのか。
ともかく、私達教師の日頃の指導が問題なのは明らかなのである。
司会の子が感想を求める。
そのとき、多くの子ども達が手を挙げたらきっとすごい学校になっているだろうなと私は思っている。