【集団思考論】第10回 事実を確認せよ
日々、学級には様々な問題やトラブルが生じる。
それらに対して、教師はどのように対応し、解決していったらよいのか。
子ども集団には教育力がある。
それを上手に使うことが必要だ。
それは教師の都合を優先させることではない。
集団として問題解決にあたることで、子供自身が自立の道を歩みだしていくのである。
(※子供の名前は全て仮名である)
教室に行くと、女の子二人が私に駆け寄ってきた。
おとなしい女の子アユミの手にはノートがあった。
もう一人の気の強い女の子が、
「先生、トオル君がアユミちゃんのノートにいたずらがきをしたんです。そればかりか、そのノートをカッターで切ったんです」
そのように訴えてきた。
私は、おとなしい女の子のノートを手にとり、中を見てみた。
確かにノート二ページに渡り、いたずらがきがなされ、ところどころカッターで切られていた。
私は、休み時間が終了し、まだ喧騒状態にあった子供たちを席に座らせた。
そして、
「トオル君、立ちなさい」
と強い調子で指示した。
他の子たちは何事が起きたのだろうといった顔で、私と立たされたトオルを見ている。
トオルは、学級のやんちゃな子の中の一人である。
私は、女の子から訴えられた事実のみをまず伝える。
もちろん私の手にはカッターで傷つけられたノートを持っている。
それをトオル、並びに他の子たちに見えるようにしながら、女の子から訴えられた事実を伝える。
「アユミちゃんのノートにいたずらがきがある。アユミちゃんが書いたのではない。そればかりかカッターで切られている。これもアユミちゃんがやったのではない。アユミちゃんの話によると、これはトオル君がやったというのだが、それは本当か」
トオルに聞くと、
「そうだけど、僕だけじゃない。サトシ君もやった」
と言う。
その言葉を聞いて、私は内心「これは腰を据えてかからないと私の指導が足をすくわれるかもしれない」と思った。
サトシは、いつもトオルと遊んでいる。
しかし、サトシがリーダーシップをとることはまずない。
自分から進んで悪いことをするようなタイプではない。
「サトシ君立ちなさい。今、トオル君が言ったことは本当か」
と聞くと、サトシは下を向いてうなだれている。
しばらく待っても、話すような気配がない。
今一度トオルの方に話を戻さないとこの問題を解決できないと私は思った。
「サトシ君に関する話は後回しにする。今一度トオル君に聞く。あなたは、アユミちゃんのノートにいたずらがきしたり、ノートをカッターで切りましたか」
それに対して、トオルは「うん」とうなづく。
しかしトオルは、次のように付け足した。「僕がしたのは確かだけど、アユミちゃんがしていいと言ったからしたんだ」
私はアユミに尋ねる。
「それは本当ですか」
「私は、トオル君がノートを忘れたので見せてほしいと言ったので、ノートを見せたのです。だけど、いたずらがきをしていいとか、カッターで切っていいとか言っていません」
それに対してトオルは何かを言おうとしたが、私はトオルの言うのを静止し、
「ともかくどんな理由があるにしろ、トオル君がいたずらがきをしたり、カッターで切ったのは間違いないのですね。その事実は認めるのですね」
トオルは「うん」とうなづく。
そこで私は、
「それじゃ、そのことは悪いことなのですか。悪くないのですか」
とトオルに聞いた。
私は、トオルが事実を認めたのだから当然「悪い」と答えると思った。
ところが私の予想に反して、トオルはなんと「悪くない」と答える。
それを聞いて私は怒鳴りそうになった。
私は、自分の気持ちを抑えつつ、
「それじゃ、アユミさんのノートにいたずらがきをしたり、カッターで切ったりしたことは悪くないと言うのですか」
と詰問した。
トオルは、再び「悪くない」と言う。
ここで私が「どうしてだ」と聞くと、きっとトオルはアユミの方に問題を逸らしたり、違ったことを問題にしてくるのではないかと思った。
そうなっては、ますます泥沼である。