【集団思考論】第07回 向山流企画案検討

差異を明確にしないほうが、子供にやさしいと思いがちだ。

しかし、そんなことはない。

集会委員会を若い女の先生と担当していた。

実質的に女の先生にまかせ、私はほとんど口出しをしていなかった。

三学期になって、その女の先生から相談を受けた。

マンネリになって、三学期どのような活動をさせたらよいのか分からない、ということであった。

一、二学期は、休み時間を利用したミニ集会的なことに取り組んできていた。

例えば、紙飛行機大会、鬼ごっこ集会、宝探し集会など子どもらしい企画で一年生から六年生まで毎回二〇名前後の参加がある集会を企画運営してきていた。

私は、相談を受け「それでは私が指導してみましょう」と言って、三学期の集会を担当することにした。

三学期は、定例の委員会の活動は三回。

その第一回目。

委員会のある教室に行く。

これまでは委員長が司会をし、時折担当者がアドバイスをするという形を取っている。

私は、委員長を座らせ、「先生が話を進めます」と言って、委員会のイニシャチブをとることにした。

「委員会活動、一学期、二学期とみんなは大変よく頑張ってきていますね。三学期はいよいよ最後です。そこで、みんなに提案ですが、ここらで大きな集会をやってみませんか。先生方に言って、勉強時間を二時間ほどもらって集会をやってみませんか。六年生は、小学校生活に悔いを残さず、全校みんなを楽しませるような集会。五年生の委員のみんなにとっては、もうすぐ最高学年になる力試しとしてやってみませんか」

このように投げかけると委員会の子ども達は、「やろう。やろう」と言う。

「よし、そしたら企画案を立てないといけないな。先生方から、勉強時間2時間もらうのだから、先生方が納得してもらう 企画案。それが必要だ。今までのようなやり方でない方法でやろう。それは、それぞれの学級の集会委員ごとに企画案を立ててもらう。その中から一番良い企画案を話し合って選び出す。そして、その企画案通りに運営する」

私の学校の高学年は、全部で六クラスある。

だから、六本の企画案を出させるという事になる。

そして、その六本から良いもの一本を選び出させようというわけである。

しかし、子供たちはこの方法は始めてである。

子供たちに話してもキョトンとしている子がいる。

そこで私は

「それじゃ、練習としてやってみよう。雪のある外で全校で集会をするとしたら、 どんな遊びをやるのか。クラスの委員で集まって一つ決めなさい」

子ども達は各クラスごとに集まって、話し合う。

そして、発表させる。

雪合戦、雪割り、宝探しなどが出される。

「これはできない。駄目なものを一つ選び出しなさい」

と言って、各クラスから駄目だと思うものを一つずつ出させる。

雪合戦が駄目だというのが多い。

理由として、一年生と六年生が混ざってやると、一年生にとって危険だというのである。

このようにしながら、駄目なものを一つ一つ消去していく。

消去していくポイントが話し合いを通しながら明確になっていく。

当然この話し合いの司会は、子どもでは無理である。

教師である私がする。

意見を整理し論点をしぼり込んでいく必要があるからである。

また話し合う時間もそんなにないのである。

一つ一つ消去していくという方法で、委員会の話し合い活動はだんだん熱を帯びてくる。

最後に二つ残る。

この時は、良い方を選ばせる。

そして同じく私が司会をしながら、子ども同士で話し合いである。

当然これも、今までにないような盛り上がりのある話し合いになる。

「わかりましたね。クラスごとに企画案を立て、それをみんなで話し合い、一つ採用するというわけです」

そして、私は次の委員会のある前日までに企画案を立て私のところに持ってくるように伝える。

「もし、一つでも持ってこなかったら、やる気がないとみなして今回の集会は中止ということにします」

子ども達は、次の定例の委員会の前までに一生懸命になって企画案を考える。

そして、全クラスが提出する。

六本の企画案印刷し全員に配る。

それらをもとに委員会で検討する。

どの企画案にも一長一短がある。

それらを見ていると、それぞれの良い所を取り出して一本の企画案にまとめてみたくなる。

教師側から考えると、それぞれの良いところだけを付けたして、完全なものにしたがる。

また、そうすることが一人ひとりの考え方を大事にした指導方法だとつい考えがちである。

しかし、その誘惑に負けてしまうとその段階から子供たちは白けてしまうということを私は以前に経験している。

だから私は、そこをぐっとこらえるのである。

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