【集団思考論】第38回教師のリーダー性
子供集団形成の初期にあっては、子供たちの中に生じる問題解決は、教師のリーダー性の基での解決である。
しかし、それは決して教師が子供たちの意見を聞かず、しかも子供たちが納得もせず解決することを意味していない。
中学校の教師から、若い時、権威というものが嫌いで学級でのことは何でも子供たち自身で決めさせていたが、何故か子供たちとの関係がしっくりせず、学級が荒れることが多かった、しかし、「統率」という考え方と方法で学級集団をリードするようにしたら学級の雰囲気や子供との関係がうまくいくようになった、というお便りをもらったことがある。
「統率」というのは、向山洋一氏が問題提起した考え方である。
「統率」という言葉だけを聞くと、どこか権威的で権力的な教師の姿を思い浮かべるかもしれない。
しかし、決してそうではない。
向山洋一氏の学級集団の形成において重視されているのは「自由」で「平等」な場を学級の中に創り出すということが前提であり、そこが出発点だとしている。
現在のいじめや不登校、そして小学校低学年で暴力行為が増加している状況においては、この「自由」と「平等」という用語は今一度顧みられていいと私は考えている。
そして、その上で教師のリーダー性とはどのようにあるべきなのか、もしくは教師にはリーダー性はいらないのか検討してみる必要がある。